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難波田龍起と難波田史男

会期: 2016年7月1日(金)〜2016年7月29日(金)
展示作家: 難波田龍起/難波田史男

7/1(金)より神保町ファインアーツにて難波田龍起と難波田史男の企画展を行います。

難波田龍起は詩人・彫刻家の高村光太郎との出会いをきっかけに、彼の生き方や芸術観に非常に強い影響を受け、絵画の道を志すようになりました。
龍起の幾重にも重なる旋律のように微妙に変化する色調は、フーガやカノンといった音楽にたとえられることもあります。高村光太郎はそのような龍起の絵について「彼の色調には「触覚」が感じられる」と表現しています。

一方、若くして亡くなりましたが近年その唯一無二の自由な絵画に再評価が高まっている難波田龍起の次男、難波田史男。
わずか15年ほどの短い活動期間ながら、自己の内面を見つめ、また時代や社会の現実とも真摯に向き合うなかから生まれた作品は、繊細でありながら透徹した史男の感性を瑞々しく伝えています。
父・龍起の絵画が音楽にたとえられているように、史男もまた文学や音楽を糧としながら独自の表現を求め、彼の絵画の「自由」の源を感じさせます。

今展示では、親子であるふたりの絵画を展示し、比較ではなく共通や共鳴を感じていただけたらと思います。

*  *  *

-難波田龍起-
1905 北海道・旭川に生まれる 翌年には家族と東京に移り住む
1924 高村光太郎のアトリエを訪れるようになる
1926 早稲田大学政経学部入学
1929 第4回国画会展 入選
1930 難波田龍起個人展覧会開催(本郷)
1935 [フォルム]を結成
1937 自由美術家協会の結成に参加(1959年退会)
1950 以降 日本アンデパンダン展、美術団体連合展、朝日選抜秀作美術展、毎日現代美術展、日本国際美術展、日本秀作美術展などに多数出品
1961 北象会(北海道出身の抽象画家8人による)結成
1974 次男・史男、瀬戸内海で死去 享年32歳
1988 第29回毎日芸術賞(1987年度)受賞
1995 北海道新聞文化賞受賞
1996 文化功労者として顕彰を受ける
1997 11月 世田谷区内の病院で死去(享年92歳)

 

-難波田史男-
1941 父龍起、母澄江の次男として東京に生まれる。生涯書物を友として成長するようにとの思いを込め「史男」と命名される
1949 この頃スケッチ板に油彩で自画像などを描く
1957 父龍起も学んだ早稲田高等学院に入学。学院時代は絵画よりむしろ音楽を好む
1960 早稲田高等学院を卒業するが、画家を志して文化学院美術科に入学。石膏デッサン等の授業には関心がもてず、ひとり神田の街でスケッチや古本屋巡りをする
1962 文化学院を2年で中退し、独自の制作を旺盛にすすめる
1963 日本美術家連盟の版画工房で池田満寿夫より銅版画制作の指導を受ける
1965 早稲田大学第一文学部美術専攻科入学
1966 大学紛争の激化にともない学生間の対立の狭間で苦悩し、その傷は後々まで尾を引くことになる
1967 第七画廊(東京・新橋)で初の個展を開催。
1974 九州旅行の帰路、1月29日未明、小倉発神戸行きのフェリー「はりま」より転落し消息を絶つ。3月7日、香川県三豊郡(現・三豊市)箱崎沖にて漁船により遺体が発見される。(享年32歳)

 

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